サンデノソコでワイワイワイ
平成27年3月13日(金曜日)
鳥羽市(答志島)

 サンデノソコってなに?
 2月13日の農山漁村のつどいで地域興しの事例としてお話のあった鳥羽「島の旅社」に魅力を感じ、サン・カラットの研修会として訪問させてもらいました。
 答志島・・・まずはその位置ですが、鳥羽市営定期船の鳥羽マリンターミナルから20分程度。海もここまでは内海で静か。答志島には三つの漁港(集落)があり、私たちが「上陸」したのは、「和具」。季節はワカメの収穫時期で、漁港ではワカメやメカブを茹でる湯気が私たちを迎えてくれました。現地の案内役は「つどい」で発表された浜口さん。看板に書かれた地図で本日の行程を紹介してもらいました。
 コミュニティーセンターでは、島の旅社の発足以前からのお話もありました。『鳥羽市の支援もいただきながら「地域の宝物を探し出し、これを観光の目玉にお客さんを呼び込もう」・・・しかし、観光として注目してもらえそうな目玉が見つかりません。地域の老人たちに聞いてみても「ここにはなぁんもない・・・」、そんな答えしか返ってこない始末でしたが、その気になって目をランランとさせると歴史的な観光資源や独特の風習、狭い路地裏、そこで活躍するじんじろ車などなど、たくさんの答志島らしさを発見することができた。』ということです。
 どうすれば路地裏散策を楽しんでもらえるか、島に流れる季節感をどうすれば満喫してもらえるかといった試行錯誤の結果、答志島を知ってもらうためのメニューがたくさん生まれてきました。
 さて、サン・カラットの一行は、スイスイと散策、とはいきません。海苔を加工していると聞けば、その香りを嗅ぎに作業小屋を覗いてみたり、子宝に恵まれるというご利益の神社へお参りしたりという「あっちもこっちも見学ツアー」となりました。
 島には昔からのお祭りが色濃く残っていました。
 2月に執り行われる神祭(じんさい)では、神事で身を清めた若者たちが狭い路地を威勢よく駆け抜けます。この祭りの時に「お的」から奪った消墨を奪い合い家々に持ち帰ります。そして玄関や建物、船に丸に「八」の字を書き、一年間の幸せを祈ります。勇壮な祭りの写真も見せてもらいました。
 「こんにちは」と地元の人と挨拶しながら狭い路地を歩いていきます。時々ミニバイクが走って来ますが、それはまだまだ広い路地でのこと。いよいよ「サンデノソコ」です。サンデとはサザエのことで、あの巻き巻きを頭に描いてもらえば路地がだんだん狭くなって、ついには行き止まりになるようすが想像できますよね。そうです、島の狭い狭い路地の行き止まりのことを「サンデの底」と呼んでいたのでした。
 到着です、もうこの先に道はありません。家が路地の上にせり出すように建っています。屋根と屋根の隙間って数センチ(ちょっとオーバーかな?)しか空いていません。そんな風景を初めて体験しました。「どうやって家を建てるん?」「火事は絶対ダメだよね」そういう狭さでした。
 サンデの底の近所に住むおばあちゃんが玄関から出てきました。「なんやら賑やか」ということで私たちのようすを見に出てきたのだそうです。
 浜口さんのお話では、地域の宝物を探している頃は、老人に地元のことを尋ねても「なぁんもナィ」とつれなかったこともあったようですが、最近では、このような偶然の出会いにも「あそこへは、もう、行ったんか?」などと気遣いをしてくれるようになったということです。
 路地裏散策が終わったのはお昼過ぎのこと。お腹もすいて、最後の体験として「海女小屋」で昼食を取りました。丸ごとの鯛が炭火の上で私たちを待っていてくれました。好天に恵まれたこの日、神島や伊良湖岬が思っていたよりずっと近くに見えていました。