~4本の矢で父の遺志を受け継ぐ6次化への道~
有限会社三重カドワキ牧場

 
 有限会社三重カドワキ牧場(代表取締役社長門脇健司氏・40歳)のある四日市市は、三重県北部に位置し、面積は約205km2で県北勢地域の中心を占めている。気温は平均15℃で、降水量は年間1,800mm程度である。

 市の農業は、米を主体に転作作物としての小麦・大豆、露地野菜、花きなどが生産されている。農家戸数の9割程度が兼業農家で、1戸当たりの経営面積も77aと小規模で、典型的な都市部の経営様態となっている。畜産部門の平成24年の家畜飼養頭数は乳用牛208頭、肉用牛2,756頭、豚7,514頭、採卵鶏15万羽であり専業経営がほとんどである。そして、混住化による環境対策、後継者不足など課題も多い中、こだわりの飼育法や肉質の改善を模索し、ブランド化など他者との差別化を図る取り組みが進められている。
 
 
 かつて前社長(父)は養豚経営を営んでいたが、和牛の生産に注目し、昭和59年に三重県四日市で肥育素牛250頭を導入して和牛の飼養を開始した。昭和61年には繁殖牛100頭を導入し、繁殖肥育一貫体制を確立したが、母牛や子牛の健康管理を優先して「自然」の中で放牧が可能な北海道に550頭規模の黒毛和種繁殖基地を設立した。そして現在、三重牧場の肥育素牛は100%北海道牧場産である。
 
 
 一貫経営の特色をあげると、(1)子牛が生まれてから肥育牛として出荷されるまでの生産履歴が把握可能なこと、(2)子牛相場に左右されることなく素牛を確保できることである。生時体重、疾病(もしくは治療)の履歴、各ステージでの飼料給与状況などの情報が正確かつ即座に入手でき、三重牧場、北海道牧場が共に健全に経営ができるように素牛価格を設定し、経営の安定を確実に確保できることにある。
 
 
 三重県では自給飼料生産は盛んではない。しかし北海道に進出することでこの点を補うことが可能となった。現在、北海道の牧場では170haの牧草地でオーチャード・チモシー混播の牧草を栽培し、毎年2,500~2,600個のロールを生産している。この牧草を北海道から三重に搬送し、同牧場から導入した子牛に給与する。同じ牧草を給与することで子牛の飼育環境の変化を和らげることに視点を置いた取り組みである。
 
 
(1)子牛の育成

 北海道牧場で生産された子牛は、一般市場に出回りがちな過肥気味ではなく、俗にいう化粧落としの必要はない。

 以前は、牧草単体をそのまま給与していたが、コンプリートミキサーにより牧草を細断し、ストレスや疲れを取るために糖蜜を混ぜる、あるいは胃袋を大きくするために発酵飼料も混合給与するよう改善した。この結果、これまで日量5~6kgしか摂食していなかったが、7~8kgを摂食できるようになった。育成期にしっかりと腹づくりができることで、肥育後期になってもエサの食い疲れがなくなった。また疾病の発生や治療の必要性が劇的に減少したと感じている。

(2)作業の省力化、効率化

 当初は、黒毛和種を肥育するに当たり、群飼管理で自動給餌器による給餌方法を取り入れることに戸惑いがあった。しかし自動給餌器を導入することで1回の飼料給与時間が2時間半から1時間短縮できた。ここから生まれた余剰時間は牛の観察という基本事項に費やすことができた。

 群飼であることから、1牛房ごとに管理表を作成し、導入日や生年月日、血統といった基本事項、出荷予定月やステージごとのエサの切り替え時期や目標とする飼料給与量を記入し、誰が見ても一目瞭然に把握・理解できるようにしている。これによりスタッフ間で万が一伝達等を怠っても早く修正することが可能となっている。併せて、作業日報を書くことで情報を蓄積することができ、スタッフの意識向上につながるとともに課題が発生した際の参考資料にもなっている。

(3)スタッフの育成

 定期的に飼料メーカー等に依頼し勉強会を開いている。また、自分たちが育てた牛の評価を知るために枝肉市場にも出向かせ、他の生産者の枝肉と比較し課題を感じさせ、目的をもって作業に当たれるようにしている。

 このような飼育方法や従業員の士気を高めることで、直近の数年間、上物率は7割以上を確保できるようになった。
 
 
三重カドワキ牧場の牛舎 2階建て牛舎の外観
  
 
(1)加工・直販所のオープン

 前社長の夢は「生産、流通、販売をすべてカドワキで賄うこと」であった。しかし、平成21年突然の不慮の事故で逝去した。残された4人兄弟で今後の「カドワキ牧場」について話し合い、また多くの人のアドバイスも受けながら直販への道を決意した四男がこの部門を担当することになった。

 三重県では、採卵鶏や養豚における直販事例が散見されてきた時期であったが、黒毛和種の直売事例はほとんどなく、オープン後も小売りの接客や旅館・レストランへの営業活動などは、従来の経営範疇ではなく苦労が絶えなかった。技術的な研修は地元の食肉公社で、また食肉学校では更に専門的な知識を得ながら試行錯誤の日々を費やした。

(2)販売状況

 品質の高さを理解してもらい徐々に販路を 拡げた結果、現在、年間50頭の販売を実現するに至った。

 牛肉の調達は、三重牧場、北海道牧場から東京食肉市場や四日市畜産公社に出荷し、セリにかけられものを卸業者に依頼して買い戻す方法で対応している。自社で買参権を取得して直接買戻すことが理想であるが、1頭の牛を丸ごと扱うには輸送コスト等にもロスが生じることが懸念され、買参権の取得には至っていない。将来的には、買参権を取得することで余分なコストをかけることなく消費者に牛肉を提供したいと考えている。

 なお、加工部門の販売先別販売実績は表1の通りである。

(表1)販売先別の販売実績(加工部門)
区分 平成24年度 平成25年度 備考
販売額
(千円)
割合(%) 販売額
(千円)
割合(%)
直売所
(小売り)
16,000 55.1 12,500 29.1 平成25年度の直売所(小売り)の販売額が前年より低下した要因は、折り込みチラシの配布回数、売り出し回数を減らしたため。
北海道 2,600 9.0 2,400 5.6 平成25年度の北海道の販売額減少については、『ザ・ウィンザーホテル洞爺』に て、虚偽表示に伴う利用者数の減少が牛肉使用量にも影響したため。
関東(東京) - - 8,000 18.6 東京赤坂に「和牛くろ毛」(カドワキ牛を専門に取り扱い)が開店。
東海
(愛知・三重)
2,700 9.3 9,600 22.3 三重県長島町に開店した「焼肉じゅうじゅう」の売上増と、「湯の山温泉旅館 希望莊」が牛肉をメインとしたメニューに改訂したことにより売上が増加した。
関西
(大阪・兵庫)
7,700 26.6 10,500 24.4 地道な営業活動とレストランのグループ展開があり売上が増加。
合計 29,000 100.0 43,000 100.0  
 
(3)取引先等

 現在の取引先は以下の通りである。
・定期的な取引先:地元湯の山温泉「希望莊」、北海道ザ・ウィンザーホテル洞爺、東京都赤坂「くろ毛」
・レストラン等:県内を中心に15店舗、スポット的には35店舗
・直販所:金・土・日・祝日に開店(月~木は営業活動等)、年間来店者数は4,000~5,000人程度。
・個人への配達販売は労力的な負担が大きく対応していない。

(4)今後の加工販売部門

 「カドワキ牛」ブランドの確立と強化を図るため、現在、販路が未開拓である東北や九州地域等に営業を展開する計画である。また、地元では地産地消を軸に老若男女を問わず気軽に「カドワキ牛」を食べ楽しんでもらえるBBQ場などのテーマパークの建設も視野に入れている。
 
 
 前社長の突然の逝去により、長男を初めとした動揺は計り知れないものがあった。しかし、幸いなことに、すでに経営移譲がほぼ出来上がりつつあったこと、併せて各々がそれぞれの場で分担して生産に携わっていたことで、兄弟が一致団結できたことであろう。その後、遺志を継ぎ販売部門を立ち上げることにより、ようやく真の一貫経営が実現された。

長男:北海道牧場から三重牧場に子牛を導入し、肥育し、出荷
次男:北海道第二牧場で、繁殖肥育一貫経営
三男:北海道第一牧場で、繁殖経営
四男:三重の加工直売所から精肉の販売
※北海道第三牧場は、地元スタッフによる運営
 
 
 販売価格に係る成果を直近の3ヵ年で比較すると表2の通りである。

    (表2)販売価格等の成果
去勢 H23 H24 H25
1頭当たり平均販売価格(円) 829,457 701,452 804,997
生体1kg当たり平均販売価格(円) 1,101 968 1,118
枝肉1kg当たり平均販売価格(円) 1,729 1,560 1,734
肉質等級4以上格付率(%) 84 64 70

H23 H24 H25
1頭当たり平均販売価格(円) 729,645 727,393 747,627
生体1kg当たり平均販売価格(円) 1,073 1,070 1,150
枝肉1kg当たり平均販売価格(円) 1,689 1,693 1,890
肉質等級4以上格付率(%) 77 70 75
 
 平成24年の去勢の成績(販売価格)が低下した要因は、前年の平成23年から飼料の配合設計を変更し、肉質を改善しようとしたが、結果的に思うような成果が得られなかったこ とによる。

 この成績を検討材料として、再度、従来の飼料配合に戻した結果、平成25年度にはほぼ従来の成績に戻すことができた。

 経営成果の把握については、パソコンでのデータ管理を基本にしている。経営の一番大きなメリットである「子牛段階からのデータ集積を活用した経営改善」が実行されている。

 なお、平成24年度の肉用牛肥育部門の経営実績は表3の通りである。

(表3)経営実績(平成24年度)
労働力員数(畜産・2000hr換算) 家族・構成員 1.6 人
雇用・従業員 6.0 人
肥育牛
平均
飼養頭数
肉用種 390.9 頭
交雑種
乳用種
年間
肥育牛
販売頭数
肉用種 225 頭
交雑種
乳用種
収益性 所得率 17.4 %
肥育牛1頭当たり売上原価 490,072 円
生産性 肥育
(品種 ・
肥育タイプ)
黒毛
和種
雌若齢
肥育開始時 日齢 300 日
体重 280 kg
出荷時 日齢 934 日
体重 700 kg
平均肥育日数 634 日
販売肥育牛1頭
1日当たり増体重(DG)
0.66 kg
対仕向事故率 0 %
販売肉牛1頭当たり販売価格 727,393 円
販売肉牛生体1kg当たり販売価格 1,070 円
枝肉1kg当たり販売価格 1,693 円
肉質等級4以上格付率 ※ 70.0 %
素牛1頭当たり導入価格 320,000 円
素牛生体1kg当たり導入価格 1,142 円
黒毛
和種
去勢若齢
肥育開始時 日齢(月齢) 300 日
体重 300 kg
肥育牛 1頭当たり 出荷時 889 日
出荷時生体重 723 kg
平均肥育日数 589 日
販売肥育牛1頭
1日当たり増体重(DG)
0.72 kg
対常時頭数事故率 0.0 %
販売肉牛1頭当たり販売価格 701,452 円
販売肉牛生体1kg当たり販売価格 968 円
枝肉1kg当たり販売価格 1,560 円
肉質等級4以上格付率 ※ 64.0 %
素牛1頭当たり導入価格 340,000 円
素牛生体1kg当たり導入価格 1,133 円
 
  
(1)堆肥を通じた地域とのつながり

 当牧場では月間約270tの堆肥を生産している。牛舎からホイルローダで搬出すると同時に生菌剤「P-Bio2」を投入し、エアレーションをしながら切返しを繰り返すことで完全発酵堆肥を生産している。堆肥化には夏季で概ね30日、冬季で50日程度を見込んでいる。生菌剤を投入することで発酵は順調に促進され、また、牛舎の敷料にはオガクズを使用し、1ヵ月に2回は交換するので、臭いが発生するなどの問題は生じていない。

 当市は、お茶や果実(梨)の産地でもあり、近在の農家からの引き合いは多く、堆肥は無償譲渡している。家庭菜園的な少量利用者も大切な利用者である。なお、北海道の牧場が、堆肥を必要とする時季であれば子牛導入の際にトラックに積んで行く。

(2)伝統ある産業に携わる誇りと責任感

 日本人と「牛」との関わりは、役牛としての利用に始まり、洋食として一般的に広がりをみせてきたのは明治以降のことである。三重県を代表する「松阪牛」が全国に知られ高い評価を得られるようになったのも近代のことではあるが、わが国に根付いた伝統産業として発展してきている。

 当事例の経営主は、まず、この伝統産業に携われる環境に育ったことに感謝し、伝統的な技術に最新の技術を融合させ、高品質な牛肉の生産に携わることを誇りに感じている。その伝統をさらに発展させ、海外の消費者にも視線を置くような経営展開を構想する。

 自ら求める経営環境や社会環境の下にあって、自社ブランド「カドワキ牛物語」は三重県で生産したブランドであり、他のブランドに劣ることのない品質を維持できるよう努力しなければならないという責任感が強い。

 牛を育てるには「牛と話をする」という意味を先代から学んだ当経営主や兄弟は、牛と共に仕事をし、生活していることの大切さを牛に対する責任と感じている。事務所には、経営理念が掲示されている。
  
 
自動給餌器による飼料給与 直売所店内
  
(3)地元労働力の活用

 平成26年1月現在、三重牧場の生産部門では4名のスタッフを雇用している。1名は静岡県出身の18歳男性で、他の3名は地元ハローワーク等で募集した地元の人間である。雇用する側からすれば、会社の活動、経営内容が地域から理解され、認められ、愛されることによって、労働力も地元から得られるように感じている。

 同時にスタッフには、自社ブランド「カドワキ牛物語」を支える魅力ある職場であると感じてもらいたいと願っている。

(4)社会見学等の受け入れ

 日頃、食卓に並ぶ牛肉について、生産に関する技術や生産者の思い、流通などについて知ってもらうために、毎年地元の消費者団体や小中高等学校からの社会見学や職場体験学習の受け入れをしている。

 命をいただく大切さを伝えることは、畜産生産者の義務であると考え、県や市が主催する消費者との意見交換会や中学校への出前授業にも率先して参加している。

(5)地域農業者仲間との活動

 当事例のある県北勢部を中心とした、若手肉用牛・養豚農家が会員の「三重県北勢豚睦会」がある。平成23年の東日本大震災発生時には、同会の会長を務めていた。連日報道される被災状況を目の当たりにして、自分たちに何ができるのかを考え、早急に炊き出し支援をすることを決め実行した。会員以外にも日頃取り引きのある業者や米農家、畜産公社等にも協力を求め、総勢17名が震災1ヵ月後の宮城県南三陸町へ牛肉や豚肉を持ち寄り、炊き出しを行った。

 また三重県四日市農業士会の会長を務めていることから、会員の生産物を活かした商品の開発に取り組み始めたところである。地元で採れる「茶」「米」「牛肉」を使い、「牛肉茶漬け」を企画し商品開発に取り組み始めたところ、関係者からのアドバイスや推奨により北海道の「ホタテ」とコラボレーションさせ、両産地を結びつける構想にまで発展した。そしてこのつながりは「民泊ツアー」となり、両地域の交流による地域振興として行政からの支援も得られることとなった。
  
 
 当事例のスタッフに対する姿勢は基本的に男女の区分をしていない。現時点では女性スタッフはいないが、以前、雇用を受け入れた時には、トイレの増設や女性専用の個室を準備するなどの配慮をした。

 福利厚生面では、スタッフが快適に仕事ができる環境を提供することを重視し、健康診断や社会保険、厚生年金、児童拠出金、介護保険、労災保険、雇用保険等にはすべて加入している。

 また、スタッフへの日頃の感謝を込めて定期的に食事会をしたり、私的な観点からの生活サポートもしている。
 
 
(1)遺志を引き継いだ経営継承

 前社長の突然の逝去により、兄弟4人がその遺志を引き継ぎ経営継承することとなった。生前には経営方針や牧場の運営について議論もあったが、結果として順調に世代交代ができたのは、前社長の「事業主にとっての最重要課題は後継者を育てること」という意識が兄弟の輪を強め、遺志を理解できたことによると感じる。

 こういった背景により、それぞれの牧場が他の牧場を高めあおうとする兄弟による広域な黒毛和種の繁殖肥育一貫経営が確立された。

(2)経営計画

 カドワキ4兄弟による「生産・流通・販売」体制は整えられたが、経営の安定を図るには、絶対量の不足という場面が想定される。生産部門を発展させるには、スタートとなる繁殖牛の増頭が不可欠となる。規模拡大にはリスクも伴い、土地や資金が必要となると同時に近隣への環境保全対策などにも余裕を持った対処が必要となる。北海道の場合、土地の確保については特段にハードルが高いとは思われないが、三重県の場合は、混住化の傾向が進む中で地元からの理解や支持を確たるものにしておくことが重要であると思われる。

(3)販売部門の戦略と役割

 TPP問題に揺れる日本の畜産ではあるが、このピンチに向かってチャンスを生み出していく勇気と決断が必要となる。

 日本固有の高級牛肉の文化を国内に止めることなく海外にも受け入れてもらうためには牛肉を輸出していくことが必要であると感じている。海外では、ステーキを食べる習慣しかないため特定の部位(ロース、ヒレ)しか需要がなく、この消費習慣に従えば、国内にはモモ、バラなどが残ってしまう。こういった危惧を避けるため海外の飲食業界に牛1頭を余すことなく使い切る調理法を伝授し、和牛のおいしさを知らしめていくことも長期的な使命であると感じている。
 
 
 三重県の肉用牛肥育経営では、資金運用面からも預託牛制度により牛が飼養されていることも多いが、当事例では、資産を増やすことが経営の安定への道であるとの観点から、自己牛の確保と拡充に努めてきた。このことから預託事業等を通しての農協との関わりは濃密ではない。

 飼育技術の研鑽には、指導機関からの支援による場合も想定されるが、当事例では同地域内の肥育農家仲間との技術交流・研鑽によりスキルアップしてきた。また、畜産協会とは、マル緊事業での関係が深く、事業発足当初からの加入により経営の安定をさらに盤石なものとしている。