経営部門
採卵鶏
経営
地域と共に歩む養鶏経営
山下鶏園
山下盛通・恵美子

1.地域の概況

 三重県は、東西約80km、南北約170kmの南北に細長い県である。地勢は、県中央を流れる櫛田川に沿った中央構造線によって、大きく北側の内帯地域と南側の外帯地域に分けられる。内帯地帯は東に伊勢湾を望み、北西には養老、鈴鹿、笠置、布引等の700〜800m級の山地・山脈が連なっている。

 一方、外帯地域の東部はリアス式海岸の志摩半島から熊野灘に沿って南下、紀伊半島東部を形成し、西部には県内最高峰1,695mの日出ケ岳を中心に紀伊山地が形成されている。当経営は、松阪市中心部から6km程の平坦な農村地域に位置する。

 内帯地域中、海岸地帯に位置する津市(近隣の気象台)の気候は、年平均気温15.5℃(平年値:1971年〜2000年の30年間の平均値)と比較的温暖である。

 平成16年1月1日現在の県の総農家数は6万3,350戸で、平成15年の農業産出額は1,266億4千万円である。種別割合をみると、耕種73.0%、畜産24.1%、加工農産物2.9%となっている。また、品目別では米が最も多く434億1千万円(構成比34.3%)で、以下、野菜180憶8千万円(同14.3%)、鶏121億9千万円(同9.6%)、果実87億8千万円(同6.9%)などとなっている。

 松阪地方といえば、世界のブランドと言われる松阪牛が有名だが、平坦部から山間地まで、それぞれ特色を活かした農業が盛んである。管内の主な作物は、米であるが、イチゴ、トマト等の野菜類やバラ、ストック等の花き類のハウス栽培も盛んである。その他では、市町村合併で新たに松阪市となった松阪市飯南町、松阪市飯高町は、県下有数の伊勢茶の産地となっている。

 平成16年2月1日現在の統計によれば、三重県内の採卵鶏経営戸数は115戸で1戸当たり平均飼養羽数は、35,900羽である。(いずれの数値も種鶏を除く)


2.経営・生産の内容

(1)労働力の構成(平成17年7月現在)

区分 続柄 年齢 農業従事日数
  うち畜産部門
年間総
労働時間
備  考
(作業分担等)
家族 本人 55 300 300 2,000 経営全般、生産管理
48 280 280 1,120 生産、販売管理
長男 25 300 300 2,000 主に販売管理
51 300 300 2,000 生産管理、堆肥管理
           
常雇 女性4人 50歳台〜 280/人 280/人 840/人 毎日、午前中3時間、GPセンターで、鶏卵パック詰め作業(作業は毎日で交替勤務)
臨時雇 のべ人日
          
    
労働力
合 計
家族4人雇用
6人=計10人
2,300
2,300
10,480
時間
 

(2)収入の構成比

区分 種類
品目名
収入
構成比
農業生産部門収入 畜産 鶏卵 94.3%
鶏糞等 1.1%
補填金その他 4.6%
耕種  
 
林産  
 
加工・販売
部門収入
 
 
農外収入  
 
合 計   100.0%

(3)経営・技術等の実績

 経営実績

期間 平成16年1月〜16年12月 経営実績 畜産会指標
経営の
概要
成鶏平均飼養羽数 23,101 羽 50,000 羽
年間鶏卵生産量   912,500 kg
年間鶏卵出荷量   912,500 kg
生産性 成鶏100羽当たり年間鶏卵生産量 1,918 kg 1,825 kg
成鶏100羽1日当たり産卵量 5.25 kg 5 kg
鶏卵1kg当たり平均販売価格   159 円
成鶏100羽当たり年間飼料消費量 4,085 kg 4,100 kg
飼料要求率 2.13 2.25
育成率(初生雛) 98 % 98 %
育成率(中大雛)
成鶏淘汰率 87 %
成鶏へい死率 4.1 % 5 %
成鶏補充率 91 % 87 %
鶏舎1u当たり年間鶏卵生産量 175.8 kg 152 kg
鶏舎1u当たり成鶏飼養羽数 9.1 羽 8.3 羽
成鶏100羽当たり投下労働時間 45.3 時間 16.4 時間
安全性 総借入金残高(期末時) 896 万円 万円
成鶏100羽当たり借入金残高
(期末時)
38,786 円
成鶏100羽当たり年間借入金
償還負担額
17,453 円

 施設・機器具の所有状況

種類 棟数
面積
台数
取得 所有
区分
構造
資材
形式能力
備考
(利用状況等)
金額
(円)


成鶏舎
中大雛舎
育雛舎
840m2×3棟
225m2×4棟
192m2×1棟
S60年
S60年
H12年
46,350,000
11,650,000
10,670,000
個人
個人
個人
木造開放高床
木造開放低床
木造開放低床
給温
総合資金
総合資金


GPセンター
直売所
鶏糞乾燥舎
鶏糞発酵処理施設
165m2
30m2
332m2
16m3
H9年
H12年
S57年
H5年
6,960,000
4,400,000
5,600,000
14,420,000
個人
個人
個人
個人
鉄骨スレート
鉄骨スレート
パイプハウス式
密閉コンポ式
近代化資金


県単事業
(環境対策
ミニ総合事業)


ショベルローダー
集卵装置
洗卵選別機


1万個/1時間
H7年
H9年
H9年
1,545,000
14,300,000
10,000,000
個人
個人
個人
 
近代化資金
近代化資金

 


3.経営実績の特徴

予防を前提とした衛生対策の実施

 当事例では、県の家畜保健衛生所の支援によりHACCPグループの一員として、平成12年度から衛生管理基準に基づいた衛生対策に取り組んでいる。サルモネラ検査を初めとする各種検査も今日までクリーンな状態を維持している。強制換羽はサルモネラへの引き金の要因となりやすいと判断し実施していない。

 洗浄、消毒等基本事項の励行のみであると経営主は言うが、整理整頓された鶏舎敷地や鶏舎内を一見すれば、日常の管理が十分であることは明確である。

 家保が行う農場やGPセンターのサルモネラ検査等は、4ヶ月のサイクルで実施、その他の検査についても、ヒナの導入毎の検査も欠かすことはない。

 鳥インフルエンザ発生以降の三重県の検査体制では、県内5戸のモニター農家として積極的に検査を受け、県内養鶏家全体への安全対策に寄与している。

環境保全対策も万全

 鶏舎敷地に隣接するように団地が形成されてきたこともあり、堆肥化には早期から万全の対策を取った。縦型コンポストによる発酵処理では、臭気対策も怠らず脱臭槽も設置している。

 成鶏舎は高床式であることから、糞の乾燥具合も良好で、且つ早め早めの除糞によりアンモニアの発生等は鶏に悪い影響を与えることもない。

 ベルトに付着する鶏糞の除去等、きめ細かな作業が伺える。

小売販売の実施で安定した販売確保

 鶏卵は生産量の概ね25%を小売、35%を生協販売、残り40%をGP出荷としていることや、ダイレクトメールを出せる顧客も200名弱となってきていることで、いわゆる山下鶏園のファン層が充実しつつある。堆肥の顧客についても、同様の傾向がある。

 今後も小売部門の充実を図り、経営の安定化を進めていく計画である。

おいしい卵は健康な鶏からをモットーに

 抗生物質の使用はせず、飼料は、Non-GMO飼料を給与したり、飲水についても弱アルカリイオン水を給与したりするなど、お客様への安全と安心の提供のために、事細かな配慮をしている。

 成鶏舎構造については、高床式鶏舎であり特別なものではないが、鶏舎内のケージは、2段にしている。成鶏舎内は、3段ケージに対応できる空間があるが、換気を良くし、快適な環境を作るために、敢えて2段ケージとしている。

 こういった取り組みの総合的な結果から、別紙の技術成績にあるように、育成率、産卵成績、へい死率等高位安定した成果を継続している。


4.経営のあゆみ

(1)経営・活動の推移

年次 作目
構成
頭 数 経営および活動の推移
S24年
28年
43年

46年
47年
50年
59年
60年

63年

H4年
5年
5年
9年




12年


13年

14年

15年
16年





採卵
養鶏
300
1,500
15,000


1,500
10,000

20,000















22,500



23,100
父が大阪市西成区において養鶏業を始める
大阪府堺市に移転し規模拡大を計る
三重県松阪市に移転し、近代化資金を借り入れワンマン鶏舎(ビッグダッチマン)を建設
マレック・ニューカッスル病等の被害を受け返済に行き詰まり倒産
本人:大学卒業後、経営に参入し、古材利用の鶏舎から再建開始
成鶏舎7棟、中大雛舎6棟、育雛舎1棟建設
総合資金を借り入れ、旧鶏舎を取り壊し高床式鶏舎を建設する
高床式成鶏舎3棟、中大雛舎4棟完成、稼動
生協との取引開始
鶏舎敷地の一角に自販機設置

農協青年部設立準備
農協青年部(愛称JAMY)設立
環境対策ミニ総合事業(県単)により鶏糞醗酵装置(密閉式コンポ)の設置
近代化資金を利用してインラインシステム(集卵装置)を整備、GPセンターを建設
JAグリーンマーケット(市内伊勢寺店)参入
これ以降、産直市場へ積極的に参入

HACCPグループに参画し衛生対策の先駆者に。
鶏舎敷地内に自販機設置の直売所を建設
JA直売所(飯南町)へ参入
JA直売所(市内黒部店)へ参入
全国優良畜産経営管理技術発表会へ推薦(優良賞)
毎日農業記録賞で全国優秀賞受賞(夫人)
直売所に漫画チックなシャッターアート
15年2月、後継者就農(24歳)

松阪農業公園ベルファーム開園(マーケット参入)
鳥インフルエンザの風評被害

(2)現在までの先駆・特徴的な取り組み

経営・活動の推移のなかで先駆的な取り組みや他の経営にも参考になる特徴的な取り組み等 取り組んだ動機、背景や取り組みの
実施・実現にあたって工夫した点、
外部から受けた支援等
衛生管理体制の充実と安全で安心できる
  鶏卵の生産


・HACCPの実施
 平成12年、県事業により地域の採卵鶏仲間5農場が選ばれ、HACCPグループを立ち上げた。サルモネラ等に対して感染の根源を断つため、「危害」を分析し、消毒などの「衛生管理基準」を設け、家保が定期検査を実施している。これら一連の実行について、記録・保管し、衛生管理の徹底を図っている。
 鶏舎内の消毒作業は、言うに及ばず鶏舎内へ立ち入る外来者の消毒、トレーの消毒やGPセンター入り口の消毒槽、手洗いの励行等の衛生対策では、予防に主眼をおいた対策を実施している。

・安全な飼料の給与
 飼料は、次世代の人の健康を考えて、Non-GMO飼料のトウモロコシや大豆油粕を使い、安全で安心なタマゴの生産に努めている。
 こういった飼料を給与していることを、販売所等でも情報公開し、消費者への理解を深めている。

・消毒の実施
 別記するとおり当経営には、外部からの見学者等も多数訪れるが、衛生管理について経営者側が高い意識をもっているということを知ってもらうために、鶏舎に入る時には消毒の徹底や防護服等の着用を義務づけている。




 当事例は、先代の経営時に疾病が原因となり一度倒産した経験をもっていることから、衛生対策では、まず予防ありきという方針で衛生対策に臨んでいる。

 三重県南勢家畜保健衛生所の指導により、抗体検査、サルモネラ検査等を定期的に実施したり、専門業者によるネズミ駆除や保健所による水質検査も実施したりしている。

 サルモネラ菌対策だけで約20項目あるが、定期検査では一度も検出されず、行き届いた衛生管理が行われていることが証明されている。

 衛生対策の充実、安全性の確保と安心の提供は、コスト高にもつながり、ややもすると管理する人間のストレスにもなりかねない部分であるが、今、一番、卵に求められているのは新鮮で、安全で、安心してしかも美味しく食べられるということだと確信し、そのためには、まず鶏を健康に育てるという事に最大の注意を心掛けている。

 これらの取り組みについて、大切なことは生産者の鶏や卵に対する思いが消費者の方々に上手く伝わる事だという思いである。
消費者ニーズをつかみ、これに応えられる
  経営を目指した。

 県内でも小規模の部類に入る当事例では、昭和63年に自動販売機を設置したことをきっかけに、いわゆる地場販売に目を向けた。

 小売の割合は、JAの産直市場へ参入し始めた平成9年以降、より高くなっていったが、現在に至るまで、こまめに消費者と対話し、どんなニーズに応えれば、小規模経営にも将来像が描けるのかを模索してきた。

 新鮮、おいしい、安全といった要素は当然のこととして、これにいかに生産情報等を付け加えるかといったこと、お客様を固定客にするには、会話が大切であることを念頭に、ポップの掲示やダイレクトメールの発信、堆肥の販売を通じた交流等の地道な取り組みを継続してきた。

 現在はJAが開設する産直市場を中心に地産地消に取り組んでおり、新鮮な鶏卵の供給のためにバンを走らせている。


 昭和50年当時、規模拡大した頃の養鶏は、産卵日量、飼料要求率などの生産効率を追及し、いかにその農場の成績を上げるかという時代であり、経営主は休日もなく、日々の作業に追われ、夫人は家事の間の集卵作業以外に養鶏のことなど何もわからず、経営に参画すると言うには、ほど遠い状態であった。

 しかし、小規模経営の安定化のためには、産直等で、消費者ニーズに応えられる販売方法をとっていくべきであると判断した。

 採卵鶏経営は、従来、経営の効率化が求められこれに応えられる経営が伸びてきた経緯もあり、現在でも効率化を無視することはもちろんできないが、多くの農業者や地域の消費者等と交流を持ったことにより、安全に安心をのせたいわゆる顔の見える卵を提供していくことを学んだ。

 夫人も地域との交流を大切にすることにより、従来係わることのなかった自らの養鶏について、学ぶ必要も生じ、知識を身につけて消費者らと交流することとなっていった。

 昭和50年に第一次規模拡大に臨み、更に昭和60年の第二次規模拡大を成し得て順調な経営を維持発展して来れたのは、綿密な記帳記録をもとにした無理のない計画に基づくものである。

 記帳記録はその後その手段をパソコンに移行し効率化を図った。
詳細な経営記帳記録
 昭和60年の鶏舎建設に当たっては、過去の記帳記録に基づいた詳細な計画書を自らの手で作成した。

 昭和50年に第一次規模拡大に臨み、更に昭和60年の第二次規模拡大を成し得て順調な経営を維持発展して来れたのは、綿密な記帳記録をもとにした無理のない計画に基づくものである。

 記帳記録はその後その手段をパソコンに移行し効率化を図った。
経営主、夫人の地域活動
 詳細については、「6地域農業や地域社会との協調・融和のために取り組んでいる活動内容」に記載するが、次のような活動を継続している。

・JA青年部の創設並びに活動
・農業普及センターを軸とした女性グループでの 活動
・地元小学生等に対する食育
・全国組織への参画

 夫人は結婚当時は、養鶏に携わることもなく、単なる労働力としての存在であったが、普及センターからの誘いにより同じ悩みや思いの女性たちと出会ったことを機会に、幅広い交流が生まれその中心的な存在として活動を続けている。

 


5.環境保全対策

(1)家畜排せつ物の処理・利用において特徴的な点

鶏舎からの搬出

 成鶏舎は高床式のため鶏糞が乾燥しやすい状態になっている。中大雛鶏舎は低床式で共に鶏舎からショベルローダーで鶏糞を搬出する。

中大雛舎の搬出時期は、ロット移動後、即日または遅くとも翌日には堆肥を搬出し、その後の消毒に備えている。

 成鶏舎の搬出時期は、平均すれば1ヶ月に一度の割合で堆肥を搬出する。(堆肥の需要に合わせ、搬出を計画的に行うのが実態である。)この搬出で成鶏舎3棟の半分程度が搬出できる。

堆肥化処理

 搬出した鶏糞は、密閉式コンポスト(醗酵槽容量16m3)へ投入し、約1週間〜10日程醗酵させる。この時、約70℃に温度が上がる。醗酵時の臭気対策としては脱臭装置も設置している。投入は連続して行うのではなく、一括投入、一括搬出としている。

 醗酵済の堆肥は、その後ベルトコンベアで、ハウス乾燥舎へ搬入し、3日〜1週間程の日数をかけて温度を下げる。

完成品の販売等

 完成品は、15kgに袋詰し、倉庫へ保管後出荷する。

 主たる出荷先はJA、近在の耕種農家等。堆肥の販売価格は、300円(15kg入袋物)を基本としているが、取引量により優遇もしている。

 近在の農家とは、同地区同一校区程度の近在から市外の農家といった範囲にある農家で、農協が推進する「なばな」「モロヘイヤ」「ねぎ」等の野菜類や果樹に利用されている。高床式鶏舎から直接搬出する鶏糞については、当農場がショベルローダーで搬出に当たることから手間賃程度の価格として、軽トラック1車分を2,000円(ショベルローダー1杯を500円換算)で販売している。

 また、以下の環境美化の部分で詳細を記載するが、花の栽培を通じたお客さま用に2kg入りの小袋(プランターサイズ)を100円で販売し、好評を得ている。

高床式鶏舎での鶏糞乾燥

 成鶏舎で発生する鶏糞は、高床式であることから乾燥された状態となり、鶏舎からそのまま搬出したままでも堆肥として利用可能である。季節にもよるが、鶏糞全体量の30%強が鶏舎から直接搬出できそのまま近在の耕種農家へ引き取られている。

コンポスト導入による利点

 平成5年に密閉式コンポを導入するまでは、攪拌式ハウス乾燥であったが、コンポの導入により、処理能力が上がり堆肥化に係る労力・時間が共に軽減され、かつ良質の堆肥が生産できるようになった。

 また、鶏舎内に余分な鶏糞を堆積しないため鶏舎内の環境もさらに改善され、生産成績も改善されている。

周辺住民への配慮

 鶏舎敷地から程遠くない場所が新興住宅地となっていることから、臭気対策としてコンポに隣接して脱臭装置も完備している。

堆肥の販売促進・利活用等

 堆肥の流通促進を図るため、夏期(7月8月の2ヶ月間)には堆肥の「無料キャンペーン」を実施している。(この場合、堆肥はバラの状態である。)

 このキャンペーン実施に当たっては、堆肥の顧客に対しダイレクトメールを送付し好評を得ている。

 DMが好評な理由は、無料で堆肥を貰いに来る農家の言葉を借りると「ハガキをもらったことで出向くきっかけができ、訪問しやすく、妙な遠慮をせずに済む。」ということである。ちなみに普段の堆肥供給についても、「無償」だと供給される側に遠慮が生じたり、手土産持参を伴ったりすることもあり、安価でも「販売する」ことにより、両者の関係はうまく保たれる傾向がある。

(2)家畜排せつ物の処理・利用における課題

堆肥化過程においての課題

 鶏舎からの搬出、堆肥化、完成品の保管・販売等の過程については、問題はない。

隣接する団地への対応

 隣接する団地の一端と鶏舎敷地との距離が決して遠いとは言えないが、場内の清掃や臭気対策も万全であり、この点で苦情が発生したこともなく、今後もこういった管理体制が続けられる限り、苦情発生の要因はないと判断できる。

 加えて、鶏舎周辺へ花を植えるといった環境美化にも務めるなどのきめ細かい配慮をしている。

(3)畜舎周辺の環境美化に関する取り組み

緑と花の絶えない農場景観

 3Kの畜産イメージを払拭したいという夫人の思いから、趣味の園芸を活かし鶏舎の周辺には一年中、緑と花を絶やさないように心掛けている。

 場内のプランターは100個近くになり、花のない冬でも場内はピンク色になり、甘い香りが漂っている。

花を通じての交流

 夏(5月〜9月)はポーチュラカ、マツバボタン等、冬(10月〜4月)は桜草(プリムラマラコイデス)、パンジー、ビオラ等が鶏舎の周辺で花を咲かせている。花が咲く時期には写真を撮りに訪れるカメラマンもいるということである。

 花に興味をもって訪れる人に対しては、鶏糞の発酵や堆肥の効能について説明をしたり、利用を進めたりといった目に見えない努力もしている。上述の通りこれらのお客様用に小袋の堆肥を用意し、堆肥の販売に結び付けている。

 花をきっかけに卵を買いに来てもらえるようになったお客さんもあり、花の種や苗を譲ってあげたり交換したりといった交流もある。

 こういった「花のある農場」については、地元新聞でも何度か取り上げられた。

鶏舎内やGPセンター内の美化

 高床式鶏舎内は、スイーパーで通路やストックヤード等の清掃をするため、例えればサンダル履きで歩けそうな環境である。

 GPセンターの衛生管理も十分配慮されている。入り口には消毒槽を設置し、集卵パック作業に当たっては、手の消毒も励行している。

直売所のイメージアップ

 お客様の目に常に触れる鶏舎隣の直売所やGPセンターの壁面を利用して、経営主夫婦と弟さんのイメージキャラクターで、シャッターアートを施した。ニッコリと微笑むキャラクターは、日頃の皆さんの顔そのもので、非常に親しみ深いものである。


6.地域農業や地域社会との協調・融和のための取り組み

地域の農業・畜産の仲間との活動T(経営主)

 経営主は、地元JAの合併を機に平成4年から設立に向けて準備を整え、翌5年に青年部組織であるJAMY(JA MATSUSAKA YOUNG FARMER'S ASSOCIATION)を結成させた。当組織は管内の若手農業者たちの集まりで、仲間の拠り所となる組織が欲しいという気持ちが結集されたものである。組織としての歴史は、まだ浅いものの会報誌の発行や各種のサークル(音楽バンド、剣道、パソコン、海外農業視察団、ボーリング、農業問題研究会等)を作り活動をしている。経営主の弟はバンドに参加し農業祭等で活躍中である。

 現在、経営主は、当JAMYの「45歳で卒業する」という決まり(若い農業者を対象とする)から、現在は、JAMYの卒業生で組織するJA壮年部役員として新たな活躍の場を得ている。ここでは、後輩であるJAMYの活動を支援したり、認定農家としてJAや行政に対する切実な要望を語り合っている。

地域の農業・畜産の仲間との活動U(夫人)

 結婚当時は、経営に参画することもなく、育児や家事に追われていた山下夫人であるが、地域の普及センターが呼びかけに応じ、このグループに参加したことから、新しい目で農業や養鶏の世界を見られるきっかけとなった。

 夫人が参画する女性グループ「フルフルMIT」の主たる活動対象は、まさに地域の小中学生、高校生である。活動内容は、前回の推薦時に比較すると、その範囲も内容も広がりを見せている。「フルフルMIT」とは松阪、飯南、多気で農業を営む女性グループで、地産地消ネットワークみえに参加し、農産物の生育、加工の説明や農家の思いを話す食農教育を実施している。

 活動の場は、学校の教室や畜産現場での実体験であったりする。この活動については、前回の推薦時にも特筆した事項であるが、当時としては、現在ほど「食育」という言葉は一般的ではなかったと回顧されるが、まさに当時から「食育」を実施していたこととなる。

 このグループとしての活動は、この他にも市規模で開催されるお祭りに出店したり、他県で同じような活動をするグループとの交流も図っている。

 グループの農業研修では、海外研修を実施し、その成果を取りまとめた冊子は、県民局や普及センターから高い評価を受けた。

 更には、ここに集う仲間の多彩な才能を集結し、農業の楽しさを軽快な曲に託したCDを作成した。これらの活動については、地元を始めとしたマスコミからの注目も大きく、たびたび新聞やテレビからの取材もなされている。

 夫人も経営主がJAMYを卒業したのと同じ形で、フルフルを卒業し、17年度からは、普及センターの支援を得ながら、「Bochi bochiの会」の創設に向かって新しい活動を始めた。

 また、個人的な活動としては、自らの執筆による「畜産コンサルタント誌」への寄稿や中央畜産会主催の会議等への出席したことからALICの「畜産の情報」からの取材があったりした。こういった活動を踏まえて、中央畜産会が展開する「女性ネットワーク」の発起人にもなっていただき、県の代表として、また全国の先駆的立場からの積極的な意見を発信していただいている。こういった機会を得られたことについては、交流の輪が広がったとして、意義を感じてもらっているようすである。

 また、平成14年には、夫人が執筆した農業の記録「人生めぐりあいの不思議」が、第29回毎日農業記録賞の中央審査において見事優秀賞に選ばれ、東京での受賞式に臨んだ。

食育活動

 食育活動は、上記「フルフル」仲間によるグループで行うもとの自社の農場へ小学生等を招いて行う単独のものに区分される。グループのメンバーは、種々の農産物等を栽培・飼育しているが、夫人は自ら作成した教材や卵を持参し、養鶏、養鶏業、鶏、卵、堆肥等について説明すると共に、最後には何よりも「命の大切さ・思いやり・感謝」について、語り聞かせている。現地での3時間余りの学習時間は、あっという間に終了してしまうが、「楽しかった」「よくわかった」という内容の感想文が寄せられる。

 中学生の農業体験では、2年生2〜3名を5〜6日間預かり仕事を手伝っていただき、農業体験を実施している。

 平成13年度には県が推進する「地産地消ネットワークみえプロジェクト活動」の中で、松阪市や隣接の町で小学生らに地元の農産物を通じて農業の楽しさを伝える勉強会を開催した。
また、この女性グループの地域内に、食物調理科を有する県立高校があり、この高校は、現在地域内の産直も行う観光施設内で、「孫の店」としてレストランを任されている。この科の生徒たちとも交流が深く、農場への研修受入に対応している。

 これら現地研修に際しては、防疫意識を高め、消費者への安全性の配慮を理解してもらうため、従業員と同等の対応を求めている。時には防護服やマスク、手袋などの重装備に驚く場面にも遭遇するが、自らの安全性への取り組みを理解してもらうため、堅く実行している部分である。

 経営主の考え、夫人のこういった活動は、五感を使って学んだことは大人になっても、きっと残っているだろうと信じ、また、参加してくれた生徒たちの中から一人でも多くの子供たちが、農業に興味を持ち、理解してくれることを楽しみにしている。

地域循環型農業の確立(耕種農家との結びつき)

 当農場で生産された堆肥は、主として地元JAの取り扱い商品として販売されている。地元JAでは、特産品としてナバナやモロヘイヤといった作物が栽培されており、これらの生産者らは、土作りへの理解も深く、このため堆肥利用も積極的である。

 また、近在の農家は、高床式鶏舎で乾燥された鶏糞を直接引き取りに訪れるため、これらの農家については、軽トラック1車2,000円程度の価格で購入してもらっている。

 更には、趣味も兼ねた夫人のプランター栽培の花が、隣接する団地の人々にも注目され、プランターへの利用を目的とした2kg入りの小袋を新たに作ったところ評判もよく小口の利用者も増えてきた。

地産地消への取り組み(産直所での販売活動等)

 産直については、昭和63年頃に導入した自販機での販売にさかのぼるが、その後、順次地元JAが主催する5ヶ所の朝市や平成16年4月に開園した第三セクター農業公園内の直売コーナーで、地産地消に取り組むようになった。

 その他にも地元生協への出荷もあり、生産と消費との距離が近い経営となっている。

 直売所での販売は、暗中模索的な要素も多かったが、自分たちの商品へのこだわりをいかに正確に伝えるかということだと認識し、常に新鮮な鶏卵を陳列したり、ポップで詳細な説明をしたりといったきめ細かい対応を心掛けている。

 長男は就農後、直販部門の戦力となって、直売所の管理に当たっている。農協直売所のシステム上、現状では品切れの管理にやや余分な労力を必要であるが、IT技術を駆使した商品管理の実現に向けて、要望を出しているところである。

 宅配等による顧客への販売では、その意見や要望等をつかむため、年2回ではあるが、山下鶏園のギフト券付アンケートを実施し好評を得るとともに、顧客ニーズを把握する糧としての財産ともなってきている。

 また、卵に親しみを持ってもらうため、卵の特徴を端的に示したネーミングをしたり、ネーミングに当たり顧客からの応募を募ったりといった手法も取り入れている。(ネーミングの一例:いきいきたまご、にこちゃん、そばかす美人、どすこい大関等)


7.今後の目指す方向性と課題

 採卵鶏経営として、コストの低減や付加価値生産に裏付けられた強い販売力を背景にして、所得を上げていきたいが、地域社会との共存と存在感のある農場でありたいと願っている。

 そのためには、消費者から求められる「おいしくて安全で信頼のおける卵」を生産していくことが与えられた課題であると捉えている。「健康な鶏からおいしい卵が産まれる」という信念は今後も不朽のものであり、HACCPによる衛生管理を基本として予防対策をさらに充実していきたい。

 場内の環境整備と美化に努めることも当然のことではあるが、養鶏場のイメージアップだけでなく、自分たちが働く職場として気持ちよく楽しく働ける場であるということも大事なことだと考えている。お客様に笑顔で応えるためには、楽しく仕事をしていくことが基本であると思う。

 この夏の鳥インフルエンザ発生に対しては、さらに心を引き締めたところである。畜産業は日々の作業の連続であり、こういった考え、行動のテンションを下げることはできない。日々の小さな努力が大きな成果となることを信じて経営に当たっている。

 後継者に対して就農を強要することはしなかったが、自分たち夫婦が歩んできた道を振り返り、経営に取り組む姿勢をきちんと見据えてくれた長男が就農してくれたことは、何にも変えがたい財産となった。収益面でも時間的にもゆとりのある経営となり、後継者が夢を持てるよう経営を目指すには、将来の経営主として経営のノウハウを学ぶと共に、地域から支持される農業者に育っていってほしいと望んでいる。

 地域との交流は今後も継続していきたいと思っている。今日に至るまで自分たちの仕事を通じて、命の大切さや感謝する気持ちを伝えると同時に「自分らしく楽しく生きられる農業」という仕事を色々な場所、形でアピールし、農業の大切さ、楽しさを伝えていきたいという願いである。


8.事例の特徴や活動を示す写真

現在、写真上部の「空き地」には、たくさんの家が建ち、住宅団地になっています。
鶏舎からここまでの直線距離は、300メートル程度です。
農業に携わる女性の会「フルフルM・I・T」の活動・・・小学校へ出かけての食育活動。
 
この仲間の多彩な才能を集結し、農業の楽しさを軽快な曲に託したCDを作成しました。
作詞、作曲、ジャケットに写っているコットン手芸品も、CDそのものの製作もすべて「手づくり」です。
熱心にお話を聞く子供達。時にはおもしろい質問も・・・。
 
敷地内の直売所。(上)
店内にはお客様へのメッセージもたくさん。(下)
JAのファーマーズマーケット「きっする」(上)
農業公園「ベルファーム」(下)
 
JAが運営する直売店のひとつ。 山下さんご家族。